人生どう生きる?!


知人の死

「”あの人”どうしてるかな〜?」
ふと思い立ち、Facebookを覗いてみた。

本人からの投稿がない・・・
あれ?あれ?あれ?
その方のウォールを下にスクロールしてみた。

遡ること2ヶ月・・・

 

 

2015年11月に亡くなっていた・・・
ショックだった!

 

大好きな方だった
時に、元気をくれる方だった
そして、勇気づけてくれる方だった

 

最近は、お会いする機会がなかったけれど
いつかまた会いたいと願っていたのに

もうそれは叶わない
すっごく、寂しい・・・

 

「ありがとう」と人から言ってもらえる人生! 素敵すぎるよ!

その人は、人生を思いっきり楽しんでいたの。

人を楽しませること
人に寄り添うこと
人に元気をくれること
人を勇気づけること

そうやって、人を思いやって生きていた。
それが楽しいって生きてきた。

すっごくカッコいい生き方をしている人だった。

 

正直、早すぎる卒業だと思ったけれど

きっとね

やるべきことをやったから、
ちょっと人より早く卒業証書が送られたのかもしれないね

 

同世代に生きた知人の”死”から、改めて思うのは
どう生きるのか
ということ。

 

もっというと
どう生きたいのか
どんなことをして、人生を全うしたいのか
ということ

 

人からありがとうと言ってもらえる自分になる
ために、どう人生を創造するかなんだね。

 

残された時間はどのくらい?

人間には必ず、例外なく、””死”が待ち受けている。
生を受けたのだから、終焉は必ずやってくる。

 

けれど、日々の生きていると、
生きていることが”当たり前”になってしまうもの。

残された時間は、あとどれくらいだろう・・・

そんなこと、誰にもわからない。
もしかしたら、終わりは明日やってくるかもしれない。

 

だとしたら、その残された時間を
有意義に過ごしたいよね。

不平不満・愚痴・猜疑心・欺瞞・・・・
そんなことに捕われて
自分の感情を負の方向に向けていたら、もったいない!

 

もっと生きたいと願っていたものの、
何からかの理由で生きられなかった人たちに、顔向けできないじゃない!